反省=己(おのれ→自分自身)を省みること。
あるかなぁ・・・?
”世間”的な真っ当な生き方じゃなかったのは確か。
(何が”真っ当”なのかは人それぞれの”物差し”&”基準”なのでしょうが)
早いうちにレールから脱線しているから。
表向きはともかく、陰で悪口を言われているのでしょう。
昔も今も不愛想なのは否定しません。
でも、偽(つく)り笑顔ができないのは百も承知です。
そんな噓の仮面をかぶるのはバレます。
自分自身を変えようとしたのは、10代半ばで終わったようなもの。
2025年に限ったことではないけれど――
若くない年令を理由にどうこう言われてしまうのが腹立たしいです。
反論しても非難の嵐なのがオチ。
私って誰かに何かを言う権利さえも認められていないのかな?
つまらない人生ではあります。
それもまた人生、かしらん。
「できないことを数えて暗くなるよりもできることを。」
なんて言うけれど。
できないものはどう逆立ちしてもできないんです。
数少ない選択肢から探すしかありません。
自分から近づく、と言うより自分に合いそうなものを選んで。
えり好み、とは違うんだけど理解されないんだなぁ・・・。
せめて今の年令の半分くらいだったら、と思います。
時すでに遅し、どころじゃありませんが。
せめて10代から20代半ばにかけてのはるか昔。
そう、ずっとずっと若い頃。
あの頃に専門家のカウンセリングを受けていれば、と思っています。
偏見があって平気で不適切な言い方をしていた時代だったから。
私もその中に埋もれてしまったのでしょう。