気まぐれで我がままなアルペジオ

真面目に?ゆるゆると綴っていきます。 ほんのひと時でもごひいきを。

初代・三波伸介さんの40回忌

12月8日は、初代・三波伸介さんの祥月命日です。

52才で急逝して今年で満39年、40回忌。

忘れるわけにはいきません。

ずうとるびの“育ての親”と言っても過言じゃないから。

そんなわけで――

カテゴリーはずうとるびだけど、今回は三波さんをメインに書きます。

 

笑点」や「三波伸介凸凹大学校」は、急きょ追悼番組に差し替え。

当時、どちらも見ました。

(現在、その時の番組を地デジ・BSで見る機会はまずありません。

ただ、どなたかが録画したものがYouTubeにアップされています。

どちらも貴重な映像でありがたいんだけど。

”大人の事情”で削除されないか、気がかりではあります。)

三波伸介凸凹大学校」は、5年余で打ち切り。

収録済みのものは、お蔵入りになってしまいました。

”校長先生”三波さんの名前入りで、かつ番組の顔でもありました。

代役をたてて続けるわけにはいかなかったのでしょう。

最終回となってしまった追悼番組。

あの時の江藤くんの落ち込みが尋常じゃなかったのを覚えています。

最終回でやっていたのは亡くなる直前(20時間前)の映像。

ずうとるびの解散後も、メンバーでただ一人出演していたのです。

笑点」のちびっ子大喜利時代より前からの付き合いだったとか。

 

もし生きていたら、91才(!!)。

どんなおじいちゃんになっていたのやら。

髪の毛は黒々でフサフサ、肌もピチピチ!?。

そんな記憶を私達に残したままでいなくなったっけ。

薄毛でしわしわのイメージがわかないです。

だけど、見た目の若さと現実とは違っていたようです。

60才で引退して富士山の麓で暮らしたい、と言っていたとか。

ずっと忙し過ぎて疲れがたまっていたのでしょう。

今思えば、30才過ぎから売れてきたのかな、って感じ。

芸歴は長かったけれど(子役時代もあったそうです)。

30才過ぎってのは、昔も今も遅咲きだったのかも?

長く人気を保つのは難しいことです。

長年第一線で活躍できたのは奇跡だったのでしょう、か。

 

言うまでもありませんが――

ずうとるびのメンバーは全員、当時の三波さんの年令を越しました。

2代目・三波伸介(本名・澤登伸一。初代の長男)さんはもちろん。

私もそうなんだけど、ずうとるびファンの大半も然り。

再結成で奮闘中の彼らを、三波さんはどこかで見てくれているのかな?